幸せ(歯合わせ)博物館

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今、新型コロナウイルスが世界中に猛威を振るっています。

歴史的にも天然痘ウイルスなどが何回も地球上に蔓延した事実があり、人類を恐怖に陥れました。
あの有名な八坂神社の祇園祭も、869年に京の都をはじめ日本各地に疫病が流行した時、厄災の除去を祈ったのに由来しています。一刻も早い鎮静を願います。
ところで、今のところ科学的根拠がありませんが、「この新型コロナの感染率・死亡率がBCG 接種を実施している国では低い」とネット上に拡散されております。
結核予防のBCG ワクチン接種は、1967年以後は管針法によるハンコ注射となり、9個の点状痕が残ります。
しかし、それより前は皮内注射で左上腕に接種しており、天然痘予防接種の種痘に似た円形痕が残りました。
種痘は日本最初のワクチン予防接種で、1876年天然痘予防規則(図1)以後義務化されました。
右上腕に施すと種痘証明書(図2)が発行され、これは海外渡航時などに必要でした。

図1 明治9年の天然痘予防規則

図2 昭和初期の種痘証明書

図3 博物館内部のパネル

図3のパネルは1937年パリ万国博覧会展示物で、精製痘苗の矢追秀武細菌学者が第4回野口英世記念医学賞(1960年)を受賞された時に展示した資料と言われています。
この種痘により世界中の天然痘は撲滅され、1976年日本では1歳と6歳頃の接種義務化は中止されました。

したがって、右上腕に円形痕がある人は1974年以前の生まれだと分かります。

ところで、1961年(昭和36年)に世界に冠たる国民皆保険制度が実現いたしました。図4a・bはその当時の健康保険証の表と裏であり、一部負担金の割合は5割しかも歯科補綴は給付外療養でした。

また、図5下は解体新書と蘭学事始の復刻版(1978年)です。
東京医科歯科大学附属図書館が貴重書コレクションとして解体新書の初版本を所蔵していることをご存知でしょうか?!
是非ともそのホームページを開いてみてください。
さて、私は「歯」にかかわる物を、人との出会い・人とのやり取りを楽しみつつ、
「1円でもよいから、負けてもらわないと買わない!」という変な哲学をもって集めてまいりました。

そのために、欲しい物を手に入れそびれることもしばしばありました……。

図4a 昭和36年頃の健康保険証

図4b 同じ健康保険証の裏面

図5 解体新書と蘭学事始復刻版

収集を始めるきっかけは、卒業後文部教官として東京医科歯科大学部分床義歯学講座に残って間もなく、配当患者さんの中でゴム床下顎総義歯を40年以上にもわたり使用し続けていたお婆さんでした。

上手く新しい義歯が出来上がりましたら、「この義歯には十二分お役を務めて頂きました。」ということで、譲って頂きましたのがこのゴム床義歯です(図6、7)。このことをきっかけに、自分から切望して歯科医師となったのだから、人があまり興味を持たないかもしれない「歯」に関わる物を集めようと決心し今日まで至っております。
一方、図8、9の上顎総義歯は明治時代と思われる木製義歯であります。この木製義歯は実際にかなり使い込まれていた形跡が残っています。右前歯部の床表面が著しく咬耗・摩耗しており、右下の犬歯が残存していたことを窺わせます。
また、臼歯部咬耗防止用の鋲頭部が露出し、周囲木部は擦り減っていることから、左右の下顎大臼歯が残存していたことも推察されます。床内面はノミの痕が残っており、前歯部床内面はリリーフした様な彫り込みが見られ、上顎切歯が最後まで残っていたのか、もしくはフラビーガムであった可能性があります。

図6 ゴム床総義歯

図7 ゴム床の裏面

図8 木製義歯の咬合面

図9 木製義歯の粘膜面

また、図10、11の上下総義歯および二つの下顎遊離端義歯(図12・13、14・15)もゴム床義歯です。

これらの部分床義歯は維持装置として、ワイヤークラスプではなく、板状のクラスプが用いられています。大臼歯二歯欠損補綴の人工歯(図14・15)には、第一大臼歯に陶歯を用い、顎堤とのスペースが無い最後方部に金属歯を使用するなど工夫されています。
話を元に戻しますと、まず、平安時代に始まり千年も続いた我が国独特な風習である、お歯黒道具を集め始めようとしました。しかし、人との関わり合いに重きを置き、ネットオークションは行わず、骨董屋や骨董市を巡り歩いていましたので、なかなか手に入りませんでした。しかし不思議なことに、一度見つけると、次から次へと手元に置くことができました。そして、平成17年10月10日(月)発行された新聞クイントのCollector‘s Lounge に「歯の骨董篇」
としておはぐろ道具の記事を掲載いたしました。

図12 ゴム床下顎遊離端義歯

図13 ゴム床遊離端義歯粘膜面

図14 ゴム床義歯頬側面

図15 ゴム床舌側面

耳だらい・金だらい、渡し金(図16)、かね沸かし(図17)、かね椀(図18)、お歯黒壷(図19)、かね水、うがい茶碗、ふし箱(大・小)(図20)、ふしこ・懐中お歯黒(図21)、羽楊枝・房楊枝(図22)、お歯黒箱、手鏡(図23)などがお歯黒に関連した道具や材料です。
江戸時代には、子供が産まれる度に穴を一つ渡し金(図16)に開けていた慣わしもありました。
上流階級のお歯黒道具は、耳だらいに家紋を入れ蒔絵をほどこしていますが(図24)、庶民の物は粗末で金だらいにブリキ製のかね沸かしです(図25)。お歯黒壷(図19)は、おかゆ、麹、酒、お茶、飴、錆びた古釘や焼いた鉄くずなどが発酵した悪臭のする「かね水」を入れていたため、台所の隅や縁の下に置いていました。

使用していた女性が亡くなるとその壷は処分されていましたので、今では貴重な品となり花瓶などとして大変人気があります。お正月の黒豆を煮る時に錆びた釘を入れますと、黒豆の皮に含まれるタンニンが鉄分と反応して、煮た黒豆はより黒くなり光沢が出ます。さらに、防腐効果も増します。このことはお歯黒が黒く染まる原理と全く同じです。
江戸時代のお化粧は赤・白・黒の三原色が基本で、赤は紅花の口紅(図26)や頬紅、白は白粉、黒は黒髪とお歯黒であります。そのお歯黒は、白粉を塗った顔を口紅とともに引き立たせる効果が非常にありました。
言うまでもなく、長い黒髪は女性にとっては憧れであり、美人の象徴でもありました。「明眸皓歯」といってホワイトニングが流行っている現代ではお歯黒の風習は想像も付かないことかもしれません。
しかし、歯みがきは仏教儀式の身を清めるみそぎの名残として、江戸時代に朝起きてすぐに歯を磨く習慣がありました。「芸能人は歯が命」というキャッチフレーズが有名でありますが、「歯が白いのは粋である」とされた江戸の
いなせな男性にとって、女性にもてはやされるには歯が白くなくてはなりませんでした。そのため、房楊枝や小楊枝の専門店が多く出現し、中でも看板娘がいた浅草寺境内のお店は大いに繁盛いたしました。楠科の黒文字製房楊枝は男性用で柄の一部に樹皮が残され良い香りがし、柔らかい柳の房楊枝はお歯黒が剥げにくいため女性が使用したそうです。
房総半島の養老渓谷に近い久留里は良質な黒文字が採れ、「雨城楊枝」と呼ばれる楊枝の里であります(図27)

図16 渡し金

図17 かね沸かし

図18 かね椀

図19 お歯黒壷

図20 ふし箱

図21 ふしこ・懐中お歯黒

図22 羽楊枝と房楊枝

図23 手鏡

図24 耳だらい

図25 金だらい

図26 紅花の口紅

図27 雨城楊枝

また、昭和の初期から「タバコのみの歯磨スモカ」が、紙袋入りではなく潤製丸缶入り高級歯磨き粉として注目を集め、爆発的な売り上げを記録しました(図28)
しかし、時代の流れと申しましょうか、粒子の粗い歯磨スモカ赤缶および緑缶の製造・販売が令和元年に終了し、90年以上の歴史に幕を下ろしました。
さて、お歯黒に関する様々な図が浮世絵に描かれています。図29は正月支度を表した豊国の浮世絵で、左側にお歯黒を施こしている少し年配の女性とお歯黒道具一式が描かれています。
ところで、この浮世絵が印刷されたものでなく、何回も重ねて刷られたことを見極める良い方法があります。
極めて単純な方法ですが、薄い和紙に何回も多色刷りされているので、裏面を見ると色がにじみ出て表紙の図が反対に写って見えます(図30)

図28 歯磨き粉

図29 豊国の浮世絵

図30 同じ浮世絵の裏面

この図31・32は、スッポンの甲羅と頭蓋骨です。すっぽん鍋を先輩行きつけのお店に皆と食事に伺った際、板前さんにお願いして帰りにいただいたものです。スッポンは噛みついたら離さないとよく言われますが、
どのような歯をしているのかご存知でいらっしゃいましたか? 実は歯ではなく、鳥と同じ嘴なのです!
カミツキガメを含めて亀は嘴をもち、歯はありません。では、図33の写真は何でしょう?
想像がつかないと思いますが、これはミンククジラの「ヒゲ」と言って、海水と共に吸い上げたプランクトンなどの餌を濾すための装置です。べっ甲にも似た気品を感じさせる美しさがあります。

図31 スッポン

図32 スッポンの頭蓋骨

図33 ミンククジラのヒゲ

このようなヒゲクジラ類の上顎両側にはヒゲ板が多数重なって生え、その主成分は私たちの爪と同じケラチンで、三角形の形と毛のような繊維質が特徴です(図34)。一方、歯があるハクジラ類は全て同じ形をしている同歯性で、役割分担のある異歯性の我々とは異なり、餌の捕獲のみを目的として、食べ物を噛み砕かずに丸呑みしていることがわかります。図34右はマッコウクジラの下顎骨の一部と中央下は歯牙です。同じ様な形をした同歯性の歯槽窩が連続して見られます。同歯性と言っても歯の位置によって大きさや太さが変わり、いわゆる犬歯の位置にある俗称「ポイントツース」は最も巨大な歯です。あの名高いティラノサウルスなどの恐竜の歯も一般的には同歯性です(図35)

また珍しい物があります。ノコギリエイの上顎にある「吻」で、電動鋸の歯その物です!この歯の様なものが折れても、ノコギリザメとは異なり、折れたままで再生することはありません(図36左)
右は皆さんご存知であるカジキの剣状に鋭く突き出た上顎の吻です。吻とは動物の口あるいはその周辺が前方へ突出しいる部分をさします。人の鼻も吻と呼んで差し支えありません。そこから、いわゆる「接吻」とは鼻と鼻を擦り合わせること……。哺乳類で最も吻が発達しているのがゾウの鼻であります。
ゾウといえばナウマンゾウを思い浮かべませんか?
2万年位前まで日本に生息し、各地で臼歯の化石(図37)が発見されています。
奈良の正倉院に収められている「五色龍歯」と呼ばれる宝物はゾウの臼歯その物であります。ゾウの臼歯は左右上下に一歯ずつ、計四本しかありません。
また、あの牙は犬歯でなく、側切歯が発達したものです。
なお、オスのイッカクの頭から突き出ているものは吻ではなく、左切歯の牙が長く伸びたものです。
この牙の表面には左巻きに捻じれた筋が見られ、内部には歯髄腔と思われる空洞があります。イッカクは北極圏だけに棲む貴重なクジラの一種で、わが国において牙は薬として用いられ、また根付の飾り(図38)などにも使用されていました。

図36 ノコギリエイとカジキの吻

図37 ナウマンゾウの臼歯

図38 イッカクの根付

床の間にあるものは、結婚25周年銀婚式のお祝いとして手に入れた象牙です。捻じれがなく日本刀の様に湾曲して美しい形が気に入っております(図39)
他の人に言わせると「これが銀婚式の記念品だと、奥さんが可哀そう!」と申しますが、妻も気に入っております。ワシントン条約により今では輸入することは出来ません。
なお、手前にある子供のマンモスの牙は珍しく、これはテレビ放映されたことがあるといわれております。
ちなみに、これらの牙は、犬歯ではなく、側切歯であります。そして、臼歯は上下左右一歯ずつの計4本しかありません。また、ワニの剝製(図40)は妻が自宅近くの骨董市に一人で行き、安くするよと言われ抱えて持ち帰ったものです。同歯性である歯牙が美しく並んでいて、夫婦共に満足しております。
ところで、歯しか見つかっていない絶滅生物メガロドンをご存知ですか? その復元図はしばしばホホジロザメと似ているとされ、200万年前絶滅し、大きな歯しか見つかっていない幻の生物です。その歯というと大きなものでは手のひらサイズにもなり、厚みのある二等辺三角形が特徴です(図41)。形が良く鋸歯がはっきりと残っているものが珍重されます。日本でも見つかっており、昔の人は「天狗の爪」と呼んでいたそうです。

図39 象牙とマンモスの牙(側切歯)

図40 ワニの牙(同歯性)

図41 メガロドンの歯

さて、いわば「人造死体」という意味であるオランダ語の人体模型キンストレーキは、高価で精巧な蝋製模型の代用として19世紀に紙粘土で作成され、耐久性に富み解体・組立が可能であり、日本国内にわずか4体しか現存しません。現在の教育用人体模型は材料が樹脂製の物に代わり、精密で触っても傷むことがなくなりました。
ここにある人体解剖模型3体は紙粘土製で珍しく貴重なものと思われます(図42)。大きな等身大の男女模型は坂本モデルといい、医学教育模型標本として始まり、人体のリアリティが追求された精密分解模型であります(図43a・b・c)。是非この迫力を感じとっていただきたいと思います。

図42 紙粘土製の精密な人体分解模型

図43a 同じ分解模型

図43b 同じ分解模型

図43c 同じ分解模型

図44は、漢方薬の材料を粉砕する舟形の器で、V 字に窪んだ薬研であります。持ち手が付いた薬研車を前後に往復させて、薬種を細かく押し砕く、石臼や乳鉢と同じ細粉器です。左側は全て木製の薬研で、かなり使い込んでおり、擦り減りが激しい物です。前方は木製の臼と石の擦りこぎであり、形態的に面白いと感じています。
今、アスベストは悪者の代表とされております。しかし、少し前までは廉価で用途は多方面にわたり重宝されていました。歯科では、鋳造リングに巻くアスベストリボンや、水蒸気の瞬間的圧力で鋳型に金属を押し込む圧迫蓋に利用されていました(図45)。アスベスト粉塵の被害によりこれら全て使用禁止となりました。
また、同じく水銀による環境問題と金属アレルギーによりアマルガムも禁止となっております。今でもなお、私の大臼歯には学生時代お互いに充填しあったアマルガム充填物が当時施されたままの状態で残っております。若い先生方はアマルガム練和器(図46)すら見たこともない人が多いのです。世の中は変化・進歩していることがこれらのことからも判ります。

図44 薬研

図45 アスベストリボンと圧迫蓋

図46 アマルガム練和器

さて、私が探し求め始めてから20数年以上の時を費やして、やっと手に入れることが出来た物があります。
それは歯科用足踏みエンジンです(図47)。これを目の当たりにした時の感動は表現することができません。
the Quintessence. Vol.36 No.3/2017の COLUMN Another Side に「歯科用足踏みエンジン」を掲載させていただきましたので、是非お目を通していただければと思います。
また、貴重な物として、戦前である昭和15年頃の某歯科医学専門学校の教科書ほぼ一式を偶然入手しました。
これらを集めて、念願の歯の博物館「Dental Museum 歯合わせ博物館」を令和元年11月3日文化の日に開設することが出来ました(図48)。これはひとえに皆様方のご協力とご理解の賜物と感謝申し上げます。
埼玉県幸手市と多少離れた場所ではありますが、皆様にご覧いただければ幸いです。
ご連絡をお待ちしております。

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